そいつは突然やってきた。
いつものように愛機を持ってかまえると
液晶に写る画像に妙な影が!
あれ?
液晶の劣化?
レンズ?
レンズ拭いたり
液晶拭いたり
色々試してみるが、まだ写る。
PCに落として確認。
写ってる!
カメラ内のどこかに汚?埃?ですね。
何度か大事なカメラを救っていただいた救世主の
フクイカメラさんを思い出し
すぐにメールして修理に出す。
大事なカメラを修理に出す、その胸中は。不安と希望の交差点
大切なカメラを修理に出す。それは単なる「物」を修理に出すのとは一線を画す、複雑で心揺さぶられる経験です。まるで家族や相棒を病院に預けるかのような、不安、寂しさ、そして一縷の希望が入り混じった、独特な気持ちになるものです。
まるで我が子を預けるような不安と寂しさ
「落としてしまった」「突然動かなくなった」—予期せぬ形で訪れるカメラの不調は、所有者に大きなショックを与えます。特に、それが長い間を共にし、数々の思い出を切り取ってきた愛機であればあるほど、その動揺は計り知れません。
修理のためにカメラを手放す瞬間は、言いようのない寂しさに襲われます。「ちゃんと直るだろうか」「高額な修理費を請求されたらどうしよう」「修理の間に撮りたい風景が現れたら…」。次から次へと浮かぶ不安は、まるで我が子の手術を待つ親の心境にも似ています。
特に、インターネット上の掲示板やブログでは、所有者たちの切実な声が散見されます。
- 費用への不安: 「見積もりが出るまでが一番怖い」「レンズユニットの交換で新品が買えるくらいの金額になった」といった、高額な修理費用に対する不安は最も大きなものの一つです。
- 修理期間の長さ: 修理には数週間から1ヶ月以上かかることも珍しくありません。その間、写真撮影という趣味や表現の手段を奪われることへの喪失感は大きいものです。「まるで体の一部をもがれたようだ」と表現する人もいます。
- 本当に治るのかという疑念: 「修理に出したのに、別の箇所が不調になったらどうしよう」「完全に元の性能に戻るのだろうか」。精密機械であるカメラだからこそ、修理の品質に対する不安は尽きません。
一縷の光、そして再会への期待
しかし、その不安の裏側には、愛機が再び元気な姿で戻ってくることへの切なる希望があります。修理業者のウェブサイトで進捗状況を確認したり、修理完了の連絡を待つ時間は、不安でありながらもどこか期待に満ちています。
そして、修理を終えて手元に戻ってきたカメラと再会する瞬間は、何物にも代えがたい喜びがあります。丁寧にクリーニングされ、不調だった箇所がスムーズに動くようになった愛機を手にすると、再び共に新しい思い出を紡いでいけるという安堵と喜びに包まれるのです。その感覚は、退院してきた家族を迎える時の温かい気持ちと重なります。
私は、現在フクイカメラサービスで愛機 GR digital Ⅳを修理中です。
過去に何度か大事なカメラを救っていただきました。
結局のところ、大事なカメラを修理に出すという行為は、そのカメラがいかに自分にとってかけがえのない存在であるかを再認識する機会でもあります。不安と寂しさを乗り越えた先にある再会の喜びは、カメラへの愛情を一層深いものにしてくれると思っています。
株式会社フクイサービス
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